202016
久成公 病気を理由に判事補 辞職願

明治九年(1876年)久成公 御年二十五年四月

一、十月三十日、東京裁判所長五等判事池田弥一殿へ、

        左ノ御辞表差 出サル

        辞表

   久成儀、曩ニ判事補ニ任セラレ、譾劣ヲ不顧、

   奉命爾来孜勉以テ消埃ニ可奉答素志ニ御座候処、

先日来疾邪累侵実ニ服務ニ不堪候間、

不得止謹テ奉辞職候、

微衷宜御無仁被成下候様、偏ニ奉請願候、

恐々謹白

     明治九年十月三十日 

 三級判事補従五位中川久成

一、日闕 仙石政固殿、藤原朝臣ニ御復姓ニ付、

二十二類御除名

※わたし久成、先に判事補に任ぜられ、

 能力に劣ることを顧みず、任命されて以来

 懸命に励んでほんの少しばかり、期待に応えるべく、

 働いてきました。

 ところが、先日より病気に侵されて、

服務に耐えられそうもないので、やむをえず、

謹んで辞職願を提出します。

この心情を御汲み取りの上、ひとえに辞職の願を

聞き遂げてください。

※仙石政固(但馬・出石藩)第46類、

藤原鎌足の子孫系列グループに移籍しています。

神別 藤原朝臣内大臣鎌足曾孫

左大臣魚名四代越前守高房裔