明治二年(1869年)己巳 久成公 御年二十歳
一、七月八日、百官及ヒ位階四位ヨリ初位ニ至ル迄、
上下ノ称廃セラルヽ旨御達ニ付、
従五位卜称シ奉ル
一、八月朔日、御使者ヲ以テ御献上、御太刀代金二千疋
一、 十七日、召ニ依テ岡御発駕
一、 十八日、三佐御着ノ処、殿様急ニ御帰藩ノ御報
コレアリ、御対顔トシ(ママ)御滞座
一、二十八日、殿様御着、御対顔
一、九月朔日、同所ヨリ蒸気船ニ御乗込
一、 四日、大坂御着
一、 九日、重陽ニ付、御使者ヲ以テ御献上、
御太刀代金二千疋
一、 十九日、東京御着
※百官及ヒ・・。 久成公は2月14日、
従五位下ニ叙シ、内膳正に任官。
これから、従五位のみの官名になります。
※八月朔日 8月1日(朔日・ついたち)、八朔(はっさく)
この頃、早稲の穂が実るので、農民の間で初穂を恩人などに
贈る風習が古くからあった。このことから、田の実の節句
ともいう。この「たのみ」を「頼み」にかけ、武家や公家の
間でも、日頃お世話になっている(頼み合っている)人に、
その恩を感謝する意味で贈り物をするようになった。
※疋(ひき) 1両=400疋≒10万円
2000疋≒50万円
※重陽ニ付 9月9日、重陽の節句

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