岡城c43
鳥羽伏見の戦いの際 岡藩は御所の警衛

慶応四年(1868年)戊辰 久昭公 御年四十九歳

一、(正月)二十六日、参与役所ヨリ太政官代二条城ニ相成、

参与役所モ同城内ニ設ケラレ、

尚又諸藩宮門警衛ノ者、

銘々旗幕並ニ桃燈ニ至ル迄菊御紋相用ユヘク、

且追討仰セ付ラレタル諸藩、

出兵ノ隊毎ニ菊御紋ノ幟一本ツヽ相用ユヘキ旨御達

※御年譜には鳥羽伏見の戦いで岡藩がどう動いたのか、

   記述がありません。

※「岡藩勤皇思想の沿革と明治維新のあけぼの」

   北村清士著 竹田市山川 岡鶴堂印刷所に

   次のような記述があります。

 〇翌4年正月3日に夜半から幕府方の兵が反乱を起こした。

  その砲火は鳥羽、伏見が特に激しく、

京都も兵火酣(たけなわ)となった。

よって正親町少将実愛公の命によって、岡藩士らは

  各々甲冑に身を固め、宮中へ急に参内し、御警衛の

任についた。

  しかし大事に至らず翌4日御所から一同に対し、

慰労のための御酒肴が下賜され、一同は感激新たなる

ものがあった。