岡城c41
諸大名 日和見か? 上京を渋る

一、同日、参与役所ヨリ左ノ通御達

   御一新御変革ニ付而者、 御下問之儀

   被為在候ニ付、迅速上京可有之、

更被 仰出候事

   但、兼而者十一月中登京之儀御沙汰も可有之候故、

旁速ニ上京可有之候、若所労之人休候ハヽ、

為名代重職之者可差出候事、

     演舌書

   是迄之御奏より被相達、上京#名代等

   有之候得共、此度御変革御一新ニ付、

更ニ被召候間、以前之届有之分も取調、

可被差出候之事

※御維新の御変革については、御下問することがあるので、

  速やかに上京するように。

  更に仰せ出され候事。

  但し、兼ねては11月中に京に上るようにとの御沙汰も

  これあり候故、かたがた、速く上京するように。

  もし、病気で休息の人があれば、名代として重職の者を

  差し出すように。

   演舌書(説明書)

  これまで朝廷より達せられた藩主の上京または重職の

  名代のこともあるけれども、この度は御変革、御一新の

  ことだから、さらに上京を促された。以前の経緯も振り

返り代表を京に上らせるように。

※この間の様子を「天皇の世紀」7では

 ・・・二条摂政も賀陽宮も寧ろ幕府の同情者で、政権を返還

されたのに迷惑して、取り扱いようも知らなかったので、

諸侯の上京を求め、その会議によって決定する意向を示し

ただけで、諸大名も口実を設けて上京を渋り・・。