文久二年(1862年)壬戌 久昭公 御年四十三歳
一、十月 朔日 御意コレアリ、御書附左ノ通 (その3)
一、軍備之儀、近年改革申渡置候処、未全備不致、
治世之弊風兎角是非之論、
何れも現業実検無之事ニ候得共、
真之得失利害容易難定、
此度其筋より申出之通、及下知置候、
器械製造賦役等財用ニ拘り候儀、
勝手掛不任心底儀も可有之、
此上家老始武備掛之者、
互ニ無腹蔵、惣而形容を省キ、
真実現業ニ不差支様、精を入れ申談し、
国力相応之備相立候様可致候、
猶又頭与其手々々の組士足軽等、
常々親しミ厚く調練無怠、
惣而非常之節応下知、不覚之儀無之様、
心掛専要ニ候
※軍備は、近年改革を申し渡しているところだが、いまだ整って
いない。政治が悪いと論じがちだが、すべてが初めてのこと
だから、本当に正しいかどうかは判定が難しい。
此度、その筋より申し出があった通り、指示をした。
機械製造の仕事は費用が必要なので、会計係にばかりに
任せられない状況にある。
このような事情なので、家老をはじめ武具係の者は、互いに
腹蔵なく、形式にとらわれず、現場が困らないように話し合い
をして、岡藩相応の軍備を備えてもらいたい。
尚また、指揮をする頭たつ者をはじめ、その部下、足軽に至る
まで常日頃から信頼を深め訓練を怠らず、いざという時には
不覚を取らないよう心がけるように。
※この時期、軍備は尊王攘夷、佐幕、開国派に意見の違いはありません。

コメント