天保五年(1834年)甲午 久教公 御年三十五歳
一、四月二十一日、御在所ヱノ御暇仰セ蒙ラル、御拝領例ノ如シ
一、 二十七日、江戸御発駕、
御仮養子松平越中守様御二男寧六郎様
一、五月 二日、端午御献上例ノ如シ
一、 十日、荘嶽明神御宮御普請御出来
一、 同日、雄三郎様河内谷御別邸へ御引移
一、 十一日、伏見御着、山崎御通行、
十四日、室御着、
十五日、同所御乗船、
二十一日、三佐御着、
二十四日、御帰城
一、 十四日、荘嶽明神新御宮へ御鎮座
※御在所 朱印状で定められた本来の居所・岡
※御仮養子 旅行時の万一に備えて幕府から許可を得た臨時の養子。
※松平越中守様 文政13年(1830年)4月の記載では
御仮養子松平越中守様御三男寧九郎様とあり、
今回は 松平越中守様御二男寧六郎様とあります。
※松平越中守定永(さだなが)陸奥国白河藩4代藩主、
のち伊勢国桑名藩主。長男・定和 8男・寧八郎
寧九郎の名前は見当たりませんでした。
本当のことは分かりません。
※荘嶽明神 中川家太祖中川清秀公(荘嶽公)を祀っています。
※雄三郎様 文化10年(1813)10代藩主久貴公の2男として
岡城で誕生。母親は侍女佐柄木氏。雄三郎には
兄・三千蔵(幹之丞)がいました。

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