
愛宕山 願成院跡
久教公 弟・井伊勝之助を仮養子として帰国
文政九年(1826年)丙成 久教公 御年二十七歳
一、正月 二日、年始御礼、御献上・御拝領例ノ如シ
一、 三日、御献上例ノ如シ
一、四月十八日、御在所ヘノ御暇仰セ蒙ラル、御拝領例ノ如シ
一、 二十一日、江戸御発駕、美濃路御通行、
御仮養子井伊勝之助様
一、 二十二日、老職隠居中川内匠長国病死
一、五月 二日、端午御献上例ノ如シ
一、 六日、伏見御着、
七日、大坂御着、
八日、御勤、
九日、御乗船、
十九日、三佐御着、
二十四日、御帰城
※御仮養子 旅の途中で久教公に急死など異変が起きた時、中川家
の家督相続に支障がないように、仮の養子縁組を幕府の許可を得
て届け出ていたようです。
※井伊勝之助 久教公の弟。のち三河挙母(ころも)藩の第5代藩主
内藤政優(まさひろ)。文化7年(1810年)誕生。
文化15年(1818年)9歳の時から仮養子として岡に来ています。
※老職隠居中川内匠長国 中川(田近)玄蕃長国 前名・戸伏弁吉
中川(田近)玄蕃長尭の養子、
中川(戸伏)助之進三達の2男 千石
※御勤 時の大坂城代水野忠邦へ挨拶に出向いたのでしょう。
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