
久教公 はしかに罹る 久貴公の娘・貴姫 婚約
文政七年(1824年)甲申 久教公 御年二十五歳
一、正月 二日、年始御礼、御献上・御拝領例ノ如シ
一、 三日、御献上例ノ如シ
一、二月 八日、御麻疹
一、三月十九日、貴姫様、岡部内膳正長和様へ
御縁組御願ノ通仰セ蒙ラル
一、四月 二日、老職中川兵庫久敬病死
一、 十八日、御在所へノ御暇仰セ蒙ラル、御拝領例ノ如シ
一、 二十一日、江戸御発駕、美濃路御通行、
御仮養子井伊勝之助様
一、五月 二日、端午御献上例ノ如シ
一、 七日、伏見御着、
八日、大坂御着、
九日、御勤、
十日、同所御乗船、
十九日、三佐御着、
二十二日、御帰城
※麻疹(ましん)はしか 江戸時代13回の大流行があったそうです。
※貴姫様 文化8年(1811)7月誕生。母親は侍女佐柄木氏。
※岡部内膳正長和 和泉岸和田藩の10代藩主
※中川兵庫久敬 中川隼人久親の嫡子 千7百石
3代藩主久清公の7男につながる家柄です。
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