
三河の国 矢作橋 御普請手伝いを命ぜられる
文化十四(1817年)年丁丑 久教公 御年十八歳
一、十月十一日、御即位ニ付、京都へ御使者中川主馬久質
御献上 禁裏へ御太刀馬代銀十枚
仙洞へ右同銀五枚
中宮へ白銀三枚
一、 十五日、御即位済セラル、御祝儀御献上、
公方様へ一種金千匹、
右大将様へ干鯛一箱
一、十一月十六日、参州矢作橋御普請御手伝仰セ蒙ラル、
御相役島津筑後守忠徹様
一、十二月二日、寒中御献上例ノ如シ
一、 二十一日、歳暮御献上例ノ如シ
※御即位 9月21日、仁孝天皇御即位
※参州矢作橋 三河の国・矢作橋(やはぎばし)愛知県岡崎市
浮世絵で見ると東海道には珍しい、長く立派な木橋が掛かって
います。度々水害で流されたようです。日吉丸(のちの豊臣秀吉)
がこの橋の上で寝ていて、蜂須賀小六と出会った話は有名です。
※島津筑後守忠徹(ただゆき)日向佐土原藩10代藩主
※一揆五変 いろいろと風説広がる(党民流説)
俗評紙面壱通略写
此節 竹田領 百姓騒動有之よし 追々風説承伝候 何分苦々しき
様子ニ御座候 最初 御城下近辺ニ相集候節 寺院取鎭可申旨下知有之
候由 遠方之儀 実否無覚束候ヘとも 愈(いよいよ)左様候得ば
ふ(不)審なる事に御座候 其子細は今度百姓騒動ハ家門の事などニ
而(て)は無之 全国政之義を申立候由 寺院の懸り合 可申筋
ふ(不)相聞候 たとへ初発 願望之趣意難分候とも 役方の面々は
今度之企は 仕置筋の儀と申程の推察は可有之事ニ存候
〇全国政之義 これをどう読むか難しいところです。
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