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  久貴公 隠居願の控え

文化十二年(1815)乙亥  久貴公 御年二十九歳

隠居奉願候覚

  私儀、年来持病積気有之侯処、去ル申年在所江罷越候而茂

度々差発、脇腹拘痛仕、去ル酉年在所押而発足仕、参府後先

快方ニ罷在候処、又々再発仕頭痛眩暈強、其上痔疾差発痛強、

  歩行等茂難相成、甚難儀仕候、

右ニ付、河野良以・中川常春院薬服用仕、桂川甫周療治受、

杉本伸温江茂容体為見、当時河埜良以・桂川甫周薬相用、

無油断療養仕候得共、兎角同篇之内眩暈強気分差塞、

一躰難治之症ニ而、迚茂全快出勤可仕容体無御座候旨何茂申聞候、

未隠居可奉願年齢ニ者無御座候得共、右之容体ニ御座候得者、

長々引篭御奉公相勤不申儀、恐入奉存候、依之私隠居被仰付、

同氏悌之丞江家督被下置候様奉願侯、以上    御印判

文化十二乙亥年九月三日 中川修理大夫 御花押

    松平伊豆守殿   牧野備前守殿

    土井大炊頭殿   青山下野守殿

    酒井讃岐守殿  (紙面都合上、2段にしました)

※隠居を願い出る年ではないが、こんな病弱の身では(将軍への)奉公

 も出来ないので、私(久貴)に隠居を仰せつけられ、悌之丞(久通)

へ家督を下し置かれますようお願いいたします。

※一揆再変 砂丘のように道路にまき散らした塩 (党民流説) 

 次に塩間屋を破却す、これは近年新に建られたる家なるを悉く打砕

塩は道路に投出し引ちらしすして積雪のごとく、是が上を往来するに

砂浜を通るに似たり。夫より役所に群り入る。犬飼奉行河井専八、横目 

橋本兼右衛門以下皆立退たり門内にて、鉄炮を一声ひゞかせ年貢米を納ル

ためし升の矢倉を打砕、役所中に充満し罵り回る事おびたゞし、かゝる

騒動なりしかバ町中の男女、家財を持運び東西にいとみにげ迷ふ躰、火事

場のごとく役人など多くハ公館ニ引こもりもし、此中門を破り来らば命を

限りに防ぐべしと鉄炮打物を備へて堅メたり。