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           記号らしき印

久貴公 婚礼の御礼あいさつに江戸城に登る

文化六年(1809)己巳  久貴公 御年二十三歳

一、十二月二日、大納言様御婚礼済セラル、御祝儀御献上

        公方様へ二種金五百匹

        大納言様へ右同

        御台様へ一種金五百匹

        御簾中様へ右同

一、   四日、寒中御献上例ノ如シ

一、  十五日、御婚礼ノ御礼仰セ上ラル、御献上紗綾三巻、

大納言様へ白銀三枚

一、 二十一日、歳暮御献上例ノ如シ、御簾中様へ白銀壱枚 

此節ヨリ始ル、以後端午、重陽御献上アリ

一、 二十六日、由学館へ来年始始業ノ節ヨリ献奠仰セ出サル

文化七年ヨリ御省略中相止

※大納言様 徳川家慶(いえよし)将軍家斉の次男 12代将軍

※公方様  将軍の一般的な呼び名。 御台様 将軍の正室の呼び名

※御簾中様 将軍の正室以外の妻の呼び名

※御婚礼ノ御礼仰セ上ラル (久貴公の)婚礼の御礼とあいさつ

※由学館  岡藩の藩校 輔仁堂(1726年)から由学館(1776年)

  献奠  授業料の代わりに・・。経営が苦しかったのでしょう。

※横山甚助の新法  (竹田市誌)

 ロ、製産会所の設置

  従前からのさまざまな領内産品のほか、新規産品の開発を勧め、

これらをすべてこの会所の管理下に置き、藩の収入の場とした。

いわゆる(岡藩の)国産品の開発と専売化である。

  それらの内には、漆器・元結(もとゆい)・筆・木炭・船舶用帆布・

ローソク、ゼンマイなど山菜・陽目(ひなため)海苔のり・絹織物

などの開発製造が掲げられたという。