
久貴公 七里田温泉に湯治
文化六年(1809)己巳 久貴公 御年二十三歳
一、正月 二日、年始御献上例ノ如シ、
御使者細野七郎右衛門尚寛
一、二月 朔日、七里田へ御湯治トシテ御発駕、
九日、御帰城
一、 二十八日、岡城御発駕、
晦日、三佐御乗船
一、三月 九日、室ヨリ御揚陸、
十四日、大坂御着、
十六日、伏見御着、
二十九日、江戸御着
一、四月十五日、御参勤御礼仰セ上ラル、御献上例ノ如シ
一、五月 三日、端午御献上例ノ如シ
※七里田へ御湯治 寛文3年(1663年)久清公が
朽網七里田温泉に御茶屋建を立て以来の湯治場です。
現在では日本無類の炭酸泉で有名です。
※横山甚助の新法 (竹田市誌)
イ、御物会所(おものかいしょ)の設置
穀類・たばこ・菜種など、年貢納入ののち百姓の手元に残ったものは、
本来、自由に販売し、自分の収入となり、百姓には重要な再生産費と
なっていたが、この会所の開設によって、買い上げ場をこの会所を
窓口一か所に統合し、自由に売却することを出来なくした。
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