
おろしや船来航のこともあり、岡藩に非常の際の出動要請
文化五年(1808)戊辰 久貴公 御年二十二歳
一、(4月)二十日、江戸表ニテ松平主殿頭忠憑様御預所ノ儀ニ付、
御在所ヨリ仰セ越サルヽ趣、
御使者ヲ以テ御口上左ノ通
肥後国天草郡 豊後国 速見郡大分郡.
右拙者御預所長崎表者重之勤場所ニ御座候、
非常之節兼而取調置候得共、所々之儀故、依
時宜手当届兼候節者、御加勢御人数御差向
被下候様申述候積りニ、兼而相含罷在候之処、尚又此
節おろしや船之儀ニ付、御触之趣も御座候間、
兼而御沙汰御座候様仕度、御用番牧野備前守殿江
家来之者より為相伺候処、御預所非常手当之儀
者、隣領之内都合宜方へ兼而掛合置候様、御挨拶
御座候、依之若右様之節者、御人数御差向被下
候様申述候儀も可有御座候、此段御含被置被下候
様致度、此段以使者申述候
※松平主殿頭忠憑(ただより)肥前島原藩の第2代藩主。
島原藩は文化期に入ると外国船の来航が問題になり始めたため、
海防の強化を行なっている。
しかし相次ぐ天災や海防問題などから財政はさらに悪化し・・。
※右拙者(松平忠憑)の御預り所、長崎は特に重要なところです。
※おろしや船之儀ニ付、御触之趣(おふれがきのおもむき)
文化四年老中より大目付へ通達指示(現代文表示)
ロシア船取扱いについて昨年通達したが、その後蝦夷地方の
島々で彼等は狼藉を行った。
今後どこの海岸でもロシア船と思われる船は厳重に打払い、
近づけば逮捕切捨ては勿論の事である。
万一船の難破漂着に間違い無く船具等も破損している場合は、
その場に留めて監視する事。
兎に角ロシア人はけしからんので油断しないよう申付ける
この趣旨を万石以上の大名を及びそれ以下でも海岸線に領地、
知行所のある者達へ必ず伝える事 十二月
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