
久持公 江戸城桜田門の防火・警備担当になる
寛政七年(1795)乙卯 久持公 御年二十歳
一、五月二日、端午御献上例ノ如シ
一、 十七日、桜田組御防仰セ蒙ラル
御相役 加藤作内泰済様
稲垣信濃守長続様
島津淡路守忠持様
一、六月七日、暑中御献上例ノ如シ
一、二十六日、御上屋敷御普請成就、御移徏
一、七月十四日、清水中納言重好卿去ル八日御逝去ニ付、
御中陰御献上氷砂糖一壷
一、二十二日、御登城御居残ニテ御朦中御機嫌伺、
度々御登城ノ段、上意ノ旨仰セ蒙ラル
一、八月朔日、御献上例ノ如シ
一、九月二日、重陽御献上例ノ如シ
※桜田組御防・・。 江戸市中の火事で、桜田門を中心に
江戸城の類焼を防ぐ役目。
※加藤作内泰済(やすずみ)伊予大洲藩第10代藩主。作内は幼名。
天明5年(1785)誕生。この時11歳と思われる。
※稲垣信濃守長続(ながつぐ)志摩鳥羽藩の第4代藩主。
※島津淡路守忠持(ただもち)日向佐土原藩の第9代藩主。
※清水中納言重好(しげよし)御三卿、清水徳川家の初代当主。
9代将軍家治の2男、10代将軍家治の弟
※御朦中御機嫌伺 弔意をあらわしたものと思われます。
コメント