
岡藩の江戸屋敷 類焼件数 17件(1732年まで)
寛政六年(1794)甲寅 久持公 御年十九歳
一、正月二日、年始御礼、御献上・御拝領例ノ如シ
一、 三日、御献上例ノ如シ
一、 十日未ノ下刻、江戸麹町ヨリ出火、
西北風烈ク御上屋敷御類焼、
八町堀御下屋敷へ御立退
一、 十三日、愛宕下御中屋敷御殿御取繕出来、御引移
一、 十四日、種姫君様去ル八日御逝去ニ付、
御中陰御献上砂糖漬一壷
一、四月二十一日、御在所ヘノ御暇仰セ蒙ラル、御拝領例ノ如シ、
若君様ヨリ紗綾三巻
一、 同日、江戸御発駕、御仮養子池田信濃守政直様御次男武三郎様
一、五月二日、端午御献上例ノ如シ
一、 九日、伏見御着、
十日、大坂御着、
十一日、御勤、
十五日、室ヨリ御乗船、
二十三日、三佐御着、
二十六日、御帰城
※未(ひつじ)の刻 八つ時(やつどき)午後2時頃
未の下刻 午後3時頃
※火事と喧嘩は江戸の華と云われるように、
岡藩の屋敷も何度も火事にあっています。
御年譜に見る類焼件数、17件
寛永18年(1641)から享保17年(1732)まで
※参勤交代で江戸から岡までの所要日数35日
順調な旅が出来たようです。
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