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徳川家斉 11代将軍宣下  岡藩御朱印改め江戸へ

天明七年(1787)丁未  久貞公 御年六十四歳

一、三月五日、若殿様当年十七歳実ハ十ニ歳ニナラセラルヽノ処、

御持病ノ御腹痛時々差発、其上御下冷御小用繁、

御長座ナサレカタキニ付、

御目見御願御延引ノ御届差出サル

一、二十一日、御朱印御改ニ付、豊州御差立、

附副安西伴作宗虎・後藤権右衛門宗佐

一、四月十五日、家斉公将軍宣下

一、二十二日、右御礼御病気ニ付、御使者戸伏平蔵、

御献上御太刀馬銀壱枚

一、二十三日、右同、蓮光院様へ白銀弐枚

一、  晦日、御朱印江戸着

一、五月二日、端午御献上例ノ如シ

一、六月七日、暑中御献上例ノ如シ

一、 十三日、惇信院様二十七回御忌御法事ニ付、

御香奠御献上白銀弐枚

一、二十三日、浚明院様上野御仏殿へ石灯篭両基御献上

※若殿様   香橘様 安永5年(1776)誕生。久徳公の3男

       腹痛だけでなく、頻尿だったようです。

※御朱印御改 岡藩の領地を書き、将軍の朱印を押していたようです。

       将軍の代替わりに改めていました。

※家斉(いえなり) 11代将軍 一橋治斉の長男

  10代将軍家治の長男・家基が18歳で急死、家斉が養子となった。

※惇信院   9代将軍家重    ※浚明院   10代将軍家治