
若殿様 久遠公 死去 久貞公の孫
天明六年(1786)丙午 久貞公 御年六十三歳
一、 二十日、若殿様御逝去、御諱ハ久遠、御俗称ハ釤之助、
御年十三歳 御届ノ御年ハ十八歳
貝塚青松寺ニ葬り奉ル、
御法号浄安院殿養山普刹大居士、
久徳公御次男、御母ハ御侍女福原氏、
安永三年申午正月十一日、江戸ニ於テ御誕生、
天明四年甲辰二月二十九日、久貞公御嫡孫御承祖
一、 同日、右御凶左右豊州へ早追、葛巻熊吉重遠差立ラル
一、二十七日、右御逝去ニ付、
香橘様御嫡孫御承祖御願差出サルヘキ処、
御忌中ニ付、御忌明ノ上御願ナサルヘク旨、
御用番御老中へ御書附ニテ仰セ達セラル
一、 晦日、浄安院様御葬送
一、閏十月十二日、浚明院様先月二日御法事、御香奠御献上白銀三枚
御忌中ニ付、是迄御延引
※若殿様久遠公 久貞公の次男・久徳公の次男(久貞公の孫)
嫡孫承祖(ちゃくそんしょうそ)孫が跡を継ぐこと
久徳公が不行跡を理由に、久貞公の跡目を継げなくなって、
久貞公の孫である久遠公が、久貞公の跡を継ぐ予定でした。
※香橘様 久徳公の3男 のち9代藩主久持公
10代将軍家治が死去したため(浚明院)、忌中に付、届が
遅くなっています。
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