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参勤交代 またまた 病気を理由に延期願い

安永三年(1774)甲午 久貞公 御年五十一歳

一、六月十三目、御在所ヘノ御暇仰セ蒙ラル、

御拝領例ノ如シ

一、 十八日、暑中御献上例ノ如シ

一、七月九日、御持病ニテ御発駕御延引ノ御届差出サル

一、二十六日、御新造様へ御女子御誕生、

御名斐卜殿様ヨリ進セラル

一、八月朔日、御献上例ノ如シ、御使者中川助之進三達

一、  四日、若殿様八朔御献上例ノ如シ、

御使者安威藤助利紀 

御産穢ニ付、是迄御延引、

一、 十三日、御持病ニ付、当冬マテ御滞府御願済セラル

一、九月二日、重陽御献上例ノ如シ

※御在所ヘノ御暇  岡藩へ帰ってよいと、江戸での勤めを猶予された。

      しかし、久貞公は持病を理由に参勤交代の延期願いを出す。

※御新造様  久貞公の次男・久徳公の奥方。

※御名斐(あや)

※八朔(はっさく)徳川家康が8月1日、初めて公式に江戸城に入った日。

江戸幕府は正月に次ぐ祝日としていたようです。 

※御産穢   出産のとき、生まれてきた子の父母の身に穢(けがれ)が

かかると云われた。父は7日間、母は35日間仕事や神事

などを慎むようにしていたようです。

●訂正 昨日のFBで釤之助の釤(さん)文字化けしていました。