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          椿の本陣 1914年ころ

久貞公 参勤交代陸路 中国路 椿の本陣に宿泊

宝暦五年(1755)乙亥 久貞公 御年三十二歳

一、正月二日、年始御献上例ノ如シ、御使者熊田蔵人良資

一、三月二日、岡城御発駕、中国路御通行、

二十二日、山崎通り伏見御着、同所御勤

一、四月八日、江戸御着

一、 十一日、御参勤御礼、御献上例ノ如シ、御簾中様へ白銀三枚川紺…

一、五月二日、端午御献上例ノ如シ

一、六月十二日、暑中御献上例ノ如シ

一、 十六日、嘉祥御菓子御頂戴

一、八月朔日、御献上例ノ如シ

※山崎通り・・。 郡山宿本陣(椿の本陣)に宿泊

3月21日/1、中川修理大夫様 御泊/銀三枚 外ニ茨木2人

この時の参勤交代路は、陸路を通り下関に渡り、

中国路を使ったようです。

※端午(たんご)の節句  5節句の1

① 人日(17日) ② 上巳(33日) ③端午(55日)

④ 七夕(77日) ⑤ 重陽(99

※嘉祥御菓子(かじょうおかし)

嘉祥(の行事) 陰暦616日、16個の菓子または餅を神に供えた

あとに食べて、疫病を払う行事。

そのお供えに使う菓子、餅のこと。