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岡 大風雨  今でいう台風来襲

寛延元年(1748)戊辰 久貞公 御年二十五歳

一、(7月)二十一日、御在着御礼、

御使者浦部庄五郎令正差上ラル、

       御献上例ノ如シ

一、八月朔日、御献上例ノ如シ、御使者高田半蔵政固

一、 十八日、甲州御普請ニ付、御拝領物ノ御礼、

御使者朽木勝之進軌重差上ラル

一、九月二日、重陽御献上例ノ如シ

一、  同日、岡大風雨所々損失 十月十二日御届出ル

一、十一月十八日、寒中御献上例ノ如シ

一、十二月十一日、歳暮御献上例ノ如シ

※お隣、臼杵藩領三重町(現大野市)の記録

元文2年(1737) 洪  水

  元文3年(1738) 凶作、鷺谷の百姓岡領田原園村に立退く。

男女37人、牛三匹帰村、

ほうそう火葬停止

  元文4年(1739) 三重郷民検見を出訴して

七歩方減租を許された

  元文5年(1740) 山田村の百姓七戸岡領牧口村に立退く、

  寛延元年(1748) 雨乞、

9月17日より仝22日目迄

暴風雨、洪水、3200戸倒れた

※寛延元年この年は、干天が続き雨乞いから一転、暴風雨。

 岡藩のこの年の被災記録が見つかりませんが、 三重は隣町

ですので、岡藩でも同じ災害が起きていたと思われます。