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久慶公 再婚願い出す 相手 柳沢吉保・長男の娘

寛保二年(1742)壬成 久慶公 御年三十五歳

一、正月二日、年始御礼、御献上・御拝領例ノ如シ

一、三月九日、松平甲斐守吉里様御息女

御再縁御願済セラル

一、四月九日、甲斐守様へ御結納進セラル、

御使者中川帯刀和弘

一、八月朔日、御献上例ノ如シ

一、十月十三日、久忠公岡城ニ於テ御逝去

一、 二十四日、久忠公豊州ニ於テ御病気御大切ニ付、

御看病御願ノ処、

翌二十五日、相済、即日江戸御発駕、

二十六日、藤沢駅ニ御着、

豊州ヨリ右御凶左右ノ注進水島半七安信到着ニ付、

直ニ江戸へ御使者差立ラレ、即刻御立、

江戸へ御引返シ、二十七日、御帰府、

御使者ヲ以テ御用番様へ御届

※松平甲斐守吉里  5代将軍綱吉の側用人柳沢吉保の長男

※中川帯刀和弘   中川(古田)伊織相政の子 千5百石

※久忠公、1013日に岡で亡くなったけれども、

江戸では、まだ岡の様子が不明のため、久慶公は久忠公の看病に

岡に帰る許可を得て、藤沢まで来たとき久忠公の死去を

伝える注進が届き、直ちに、江戸に引き返し、当番の老中に

久忠公死去の届けをしています。