
幕府より岡藩が預かった人の書き出し届け その2
元文三年(1738)戊午 久忠公 御年四十一歳
一、四月十一日、以前ヨリ御預り人ノ有無御書附差出サルヘク旨
御達ニ付、御書出
◯ 明暦2年(1656)久清公42歳
② 尾張殿家来 塚本小市郎
尾州徳川光友卿五十人組ノ徒士衆 塚本小市郎 敵討致スニ付、
公儀ヨリ御預ケ
此節 兄弥五兵衛ハ大久保加賀守様へ御預ケ、
中兄 左助ハ切腹仰付ラル御評定所ニ於テ町御奉行ヨリ御渡シ、
9月2日、江戸出立、22日、岡着、
中川頼母資長居屋敷ノ下ニ新宅稠ク構へ差置ル
※敵(かたき)討ちなので、相手の行動も考え、万全を期して岡藩から
物頭4人、侍6人、足軽60人、江戸まで迎えを差し向けたら、
御老中酒井雅楽頭・松平伊豆守から人数が多すぎる、少人数で
道中目立たぬようにと指示されています。
※中川頼母資長 岡藩家老 中川(熊田)頼母資長 2千7百40石
家老屋敷の下に新宅を・・。大事に扱われています。
2017年6月1日、9月21日、24日ブログ参照
コメント