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元禄十四年(1701)辛巳 久通公 御年三十九歳

一、(4月)二十九日、浅草御蔵火ノ御番仰セ蒙ラル、

御相役松平和泉守乗長様

一、五月三日、端午御献上例ノ如シ

一、四日、御内証御献上唐織五巻

一、六月二十二日、暑中御献上例ノ如シ

一、二十七日、定府ノ面々家内宗門改書附銘々相認メ、

江戸宗旨奉行へ差出スヘキ旨仰セ出サル

一、七月朔日、江戸貝塚青松寺へ御位牌堂御建立、

御代々ノ御位牌御安置

※浅草御蔵  蔵前という地名は幕府の浅草御蔵があったことに

由来する。

この蔵は幕府が天領から集めた米を収蔵するためのもので、

元和6年(1620年)に鳥越神社の丘を切り崩し隅田川を

埋め立てて造られた。

この蔵の米が旗本・御家人たちの扶持米となった。

この地に多くの札差や米問屋が店を構え、札差は武士に代わって

御蔵から米の受け取りや運搬・売却を代行した。

札差は預かった米から手数料を引いて米と現金を武士に渡し、

手元に残った分の米は小売の米屋たちに手数料を付けて売った。