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延宝九年(1681年)辛酉 久恒公 御年四十一歳

一、八月朔日、岡大雨、御城石垣崩ル、

御届御差出月日詳ナラス

一、九月二十九日、大殿様御参府、今日御登城ニ付、御附添

一、十月朔日、年号改元

天和元年

一、二十一日、御城石垣崩レ、御修補御願済セラル

御願ノ月日詳ナラス

一、十一月朔日、御屋敷近辺火消当所有人ニテ相勤メ、

在所ヨリ呼寄ニハ及ハサル旨仰セ蒙ラル

※御入国の文禄3年、此時 穴太(あのう)伊豆ト云者ヲ大坂ヨリ呼下ス

    石垣を築いていますが、年月が経ち御城の屋台骨が緩んできます。

※御屋敷近辺 岡藩江戸屋敷の近所

※在所ヨリ呼寄・・。 竹田に居る、岡藩藩士又は領内の百姓を

          呼び寄せるに及ばない。呼ばなくてよい。