
天正十一年(1583年)癸未 清秀公 御年四十二歳
既ニ申ノ刻計リマテ烈シキ戦ヒ 九度計リニ及ヒケルヲ、
(清秀公を)強テ本丸ニ帰シ入レ奉り、
淵之助吾コソ中川瀬兵衛卜名乗り、
穂三尺計ナル槍ニテ敵ヲ突伏セ薙伏セ、思侭ニ働キ、
実ハ中川淵之助ナリ、吾ヲ討テ高名セヨトテ、
槍ヲ投棄テ、
竹ノ節卜名付ケタル三尺六寸ノ太刀ヲ抜テ、
向者ヲ枕ヲ並ヘテ斬倒スニ、敵大勢ニ槍付ケラレ、
終ニ討死ス、
※申ノ刻計リマテ・・。午後四時ころまで
※御年譜の記載通りの時間だとすると、
早朝5時から12時間ばかり戦闘が続いたことになります。
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