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  木之本の岡家に伝わる由緒書

清秀賤ヶ嶽に出陣するとき侍医として(岡家の先祖)沖永玄哲を伴隋したり。

玄哲氏は、主人清秀と共に討ち死にせんことを懇請したるに、

清秀は容(かたち)を正て謂はく、卿は医術者にして武人に非ず、

討ち死にすることは無用なり。寧ろ吾等討ち死にせるもの共の遺髪を

山麓木之本村浄信寺に納め吾等の菩提を弔ふことこそ眞の忠・・。

玄哲は、木之本地蔵院(浄信寺)を訪ね、住僧に依頼して中川清秀はじめ

配下の将兵の霊を弔った。

岡の名字は、その後中川氏の子孫が豊後の岡城主となったので、

その城名を苗字としたと岡家の当主は伝えている。