イメージ 1
 梅林寺是頓上人の働き

天正11年(1583年)419日、柴田勝家の部将・佐久間盛政は

中川清秀が守る大岩山砦を攻撃。

翌20日、清秀の弟淵の助が砦の本丸口で佐久間勢を抑えている間に、

清秀は本丸で「自殺」。御年42歳。

大岩山砦を守っていた清秀に付従っていた家来から、

末々下部に至るまで悉討ち死に。(御年譜記載)

茨木城主中川清秀と親しかった梅林寺第4世是頓上人(ぜとんしょうにん)は、

清秀が戦死したという報を聞くと、自ら戦地大岩山砦に赴いて遺骸と遺髪を

持ち帰り供養したとのことです。