
一、八月日詳ナラス 公方様去ル三日大坂城ニ渡御、
五日、京都へ還御ニ付、中川玄番長房 岡二帰ル
一、十八日、御当家ノ医師池田伊豆召篭ラル、
其故ハ 先達テ一伯様御番此方様御受持ノ砌(みぎり)、
彼方御召仕ノ女中腫物相煩フニ依テ、療治御頼ナサレ度旨ニ付、
御目附大久保甚左衛門忠直様・朝倉仁左衛門在室様へ御相談ニテ、
伊豆へ療治仰セ付ラレシ処、
日根野様御入部ニテ右御番御引渡シニ相成、
其後ハ一伯様衆へ通路一切無用ノ旨、堅ク仰セ出サル、
然ルニ伊豆如何心得違ケルカ、
一伯様御内大山五左衛門・牧五兵衛方へ、
右病人ノ儀ニ付書状遣ハシ、両人ヨリモ返書コレアル旨、
以下次回
※此方様御受持ノ砌(みぎり)
中川久盛公が一伯様の受持ちだった時
※彼方御召仕ノ女中
一伯様の御召で仕えていた女性
この女性は、一伯様にとっては大事な女性だったようです。
名前も素性も分かりませんが、屋敷から一歩も外に出ることが
出来なかったのでしょう。
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