イメージ 1
イメージ 2
 元和七年辛酉 久盛公 御年二十八歳

一、九月十三日、明年大坂御普請アルヘキ由二付、

御手当トシテ御人数差登セラル

御年譜附録

一、九月十三日、明年大坂御普請ノ條

今考 古状留往返ノ書簡ヲ考ルニ、十三日、石割之者六拾人大坂へ

    御差登セ被成、

大坂二詰居候 草刈九郎右衛門・小原九右衛門・

    山岸次郎左衛門差配致候様、

三宅平左衛門石割奉行として

    小豆島江相詰、

御影(御影石)飯森等 所々石割御手当云々

一、二十九日、肥後ヘノ御目附中川勘解由直定様・真田長兵衛様今市

  御通行二付、御馳走トシテ中川主馬・中川式部長房今市へ相詰ル

※広報たけた連載   ミステリアス!竹田キリシタンシリーズ別冊

 大坂城から発見された岡藩中川家の謎の石垣より抜粋

大阪城と岡藩 産経新聞11/20付け記事

 平成2511月、大坂城三の丸跡の発掘調査現場から謎の記号が刻まれた石が

  多数、出土した。

それらは、大坂城再建当時に岡藩が担当した石垣の部材で、

26個のうち19個に謎の記号が刻印されていた。

その記号とは、『中』、『逆卍』、『△』の3種類である。

『中』とは中川姓を表記する。

『逆卍』は暗にキリスト教を示唆しているのではないかと推測する声もある。

『△』の△に囲まれた漢数字の『三』は、当時の岡藩石割奉行であった三宅平右衛門のサインとも取れる。だが、三を囲む△にはどのような意味があるのだろうか。

これについてキリスト教関係者の言葉を借りれば、△はキリスト教の教義における三位一体(さんみいったい・父と子と聖霊)を表わしているのではないかという。