明治二年(1869年)己巳 久成公 御年二十歳
一、(9月23日)同日、岡藩知事ニ任セラル、
御書附左ノ如シ
可
従五位源朝臣久成
任岡藩知事
右大臣従一位藤原朝臣実美宣
右大弁従三位藤原朝臣俊政奉行
明治二年己巳九月二十三日
一、二十四日、右御礼申上ラレ御献上、御太刀代金二千疋
※藤原朝臣実美 三条実美(さんじょうさねみ)
藤原朝臣俊政 坊城俊政(ぼうじょうとしただ)
※父・久昭公は御年譜で見る限り知藩事、知事の辞令を
正式には受けてないようです。
明治2年(1869年) 久昭公 御年50歳
一、(5月)21日、召ニ依テ御参朝ノ処、
諸藩へ御下問左ノ通
版籍返上之儀、追々衆議被聞食候処、
(中途省略)
海内統一可被遊御旨趣ニ付、
改テ知藩事ニ被任候思食ニ候間、
〇 改めて知藩事任命にする思し召し・・。
明治2年(1869年) 久昭公 御年五十歳
一、7月2日、知藩事未タ仰セ付ラレサル面々へ
〇 知藩事に未だ任命されていない面々へ・・。




