慶応三年(1867年)丁卯 久昭公 御年四十八歳
御布告書 (その2)
一、近年物価格別騰貴、如何トモスヘカラサル勢、
富者益富ヲ累ね、貧者益窘急ニ至り候趣
畢竟政令不正ヨリ所致、民者王者之大宝、
百事御一新之折柄、旁被悩宸衷、
智謀遠識救弊之策有之候者、無誰彼可申出候事
右之通御確定被 仰出候ニ付而者、
六十余州之大小藩者申ニ不及、陪臣・吏卒之
末々ニ至ル迄、御趣意厚相心得候様、御沙汰候事
※近年物価格別騰貴、いかんともすべからざる勢い、
富者は益富をかさね、貧者は益窘急(きんきゅう)に
至り候趣、ひっきょう政令不正より致す所、
民は王者の大宝、百事御一新の折柄、かたがた
宸衷(しんちゅう)を悩まされ候。
智謀遠識、救弊の策これあり候者、誰れ彼れとなく
申し出づべく候。
右の通り御確定、仰せ出され候については、
日本60余州の大小藩は申すに及ばず、
陪臣・吏卒の末々に至る迄、
御趣意を厚く相心得候様、御沙汰候事。
※この頃の世情を「天皇の世紀」で見ると
〇この頃、ほとんど全国的に凶作、米価騰貴、村役人の
非違を原因にして、江戸時代で最も数多く農民や庶民
の打毀しや暴動が起こった。
〇慶応3年の秋から冬にかけて、理解を超えた
「ええじゃないか」の騒動が湧水のように各所から
起こった。




