文久三年(1863年)癸亥 久昭公 御年四十四歳
(2月18日)朝廷からの御書附二通 (その3)
小奉書半切紙
中川修理大夫
非常之節、御警衛人数速差登候様、
予手配可致置過日御沙汰ニ付、人数#心得方等、
以書取伺有之候通可然候、
右於国許支度可有之候間、小河弥右衛門以下引率、
一先帰国候様賜御暇候旨、
御沙汰候事
二月
※中川修理大夫久昭公宛、非常時の警衛人数の招集指示
(攘夷実行)非常時の宮廷を守る警衛の部隊を、速やかに
配置につかせられるよう、あらかじめ手配をしておくよう、
先に指示した。
人数や守護の目的など心得は、岡藩から伺いの有った通りで
よろしい。
そのことについては、岡藩で人数を揃える準備が必要だろうから、
ひとまず久昭公は小河弥右衛門達を引き連れ、岡に帰る暇を与える。
いずれ御沙汰があるので(警衛の人数を揃えなさい)。
※3月11日、孝明天皇の加茂神社、攘夷祈願を機に、幕府をも
巻き込んだ攘夷のうねりが増幅され、5月10日の攘夷決行へと
突き進んでゆきます。
岡藩はこのあと、攘夷決行、摂津の海岸防備に任じられます。




