
久貴公に男子誕生
文化四年(1807)丁卯 久貴公 御年二十一歳
一、八月 朔日、御献上例ノ如シ
一、 九日、江戸ニ於テ御男子御誕生、
御名三千蔵卜称シ奉ル、
御母ハ御侍女佐柄木氏
一、 晦日、岡城西ノ方石垣二箇所、大手御門石垣一箇所
御修補御願済セラル
一、九月 二日、重陽御献上例ノ如シ
一、十月 十日、常憲院様百回御忌御取越御法事済、
上野御参詣ニ付、供奉御束帯御勤
一、 十一日、右御法事ニ付、御香奠御献上白銀弐枚
一、 二十五日、右御法事済セラル御祝儀トシテ、
御能コレアリ御見物、
紅葉ノ間ニ於テ御料理御頂戴
一、十二月十一日、寒中御献上例ノ如シ
一、 二十一日、歳暮御献上例ノ如シ
※三千蔵 久貴公の長男 虚弱体質だったようでようで、
家督の継承はできませんでした。
※石垣の破損 岡城は山城に石垣を築き、すばらしい景観を見せて
いますが、常に石垣の維持管理がたいへんです。
※常憲院様 5代将軍綱吉



