
山崎街道 郡山 椿の本陣前
久忠公 岡藩主として初めて 郡山宿本陣 に宿泊
寛延三年(1750)庚午 久貞公 御年二十七歳
一、(5月)六日、江戸御発駕、御仮養子酒井三郎助様、
十九日、京都御勤、
同日、伏見御着、
廿日、同所御勤、山崎通、中国路御通行、
芸州宮島、長州赤間ケ関阿弥陀寺、
豊前宇佐へ御参詣
一、六月十一日、御帰城
一、 十八日、暑中御献上例ノ如シ
一、七月五日、御在着御礼、御使者清澄右源太宗愈差上ラル、
御献上例ノ如シ
一、八月朔日、御献上例ノ如シ、御使者高田半歳政固
一、九月二日、重陽御献上例ノ如シ
一、十二月十一日、寒中御献上例ノ如シ
一、 十二日、歳暮御献上例ノ如シ
※山崎通 京都の桂川を渡り、山崎、郡山を経て西宮に行く
街道。山崎の合戦の古戦場を通り抜けます。
※中国路 大坂から下関に向かう、西国街道。
※家格が物事を左右する時代、過去の実績もなく本陣に割り込む
のは、困難だったと思われますが、久忠公の生家・松平の威光が
反映されたのかもしれません。



