
城原神社前井路
久忠公 正月 参勤交代出発 日光に参拝
享保十四年(1729年)己酉 久忠公 御年三十二歳
一、正月二日、年始御献上例ノ如シ
御使者姓名詳ナラス
一、十二日、岡城御発駕、
十五日、三佐御乗船
一、二月二日、大坂御着、三日、御勤、
四日、伏見御着、御勤、京都御勤、
十七日、品川御着、
水野和泉守忠之様・安藤対馬守信友様へ御勤、
兼テ御願済ニテ直ニ日光御社参
一、二十一日、日光御宮御拝礼 御大紋
御献上御太刀銀馬代、
且 御霊屋へ白銀五枚御供、
二十二日、同所御発駕、
二十五日、御帰府
※水野和泉守忠之(みずのただゆき)老中 三河岡崎藩第4代藩主
※安藤対馬守信友(あんどうのぶとも)老中 美濃加納藩の初代藩主
相当の文化人だったようで、俳諧、茶道で名前を残しています。
雪の日や あれも人の子 樽拾い 冠里
3代目金馬の枕話のなかでで聞いたように思います。
※御大紋 五位以上の武家の礼装
忠臣蔵、松の廊下で浅野長矩がその礼装で吉良に
切りつけています。
※御霊屋 徳川家歴代将軍の墓所 東照宮は家康を祀る神社
※兼テ御願済ニテ・・。日光に参拝の許しが出たので、1月12日、
例年より早く岡城を出発したようです。



