
しらぼし(大野川の干し鮎)献上 臼杵藩稲葉家
余談として 臼杵藩百石取・国枝外右馬の記録 臼杵歴史資料館所蔵
「勤番武士の心と暮らし」参勤交代での江戸詰中日記から
文芸社 酒井博 酒井容子著より
〇大野川産の干し鮎は臼杵藩の定例の献上品になっていた。
これを御留守居役の箕浦右膳殿のお供で持参するのである。
夜八時(やつどき・午前二時)に(外右馬の)家来を起こして食事、
八半時(午前三時)に御留守居役宅に行き、七半(午前五時)に
若党一人と外右馬の家来左五郎とを召し連れ裏門から出る。
右膳殿は駕籠に乗り、外右馬は徒歩で行く。
外桜田門を入って水野様長屋の前で夜明けを待ち、
ほのぼの明けぐらいに登城する。
「待つ間の寒きこと妙々」と書いているが、
他にも鍋島紀伊守様の御留守居、黒田備前様の御留守居など、
それぞれに外右馬のような見習い侍を供に連れて、献上品を持って
待っておられる。 (以下次回)
※11月27日(旧暦)のことなので寒かったことでしょう。
※国枝外右馬 44歳 天保13(1842)年3月29日から14ケ月余
藩主稲葉幾通のお供で江戸に滞在した。
※上の絵は、江戸城からの帰り、雨が降り出し、合羽を着て急ぎ足、
津和藩の後ろについたところ、脇から他の藩が割り込んできたので、
それぞれが負けまいと走り出し、混雑した様子をかいています。
中央の駆け足姿が国枝外右馬。後ろの太い棒が殿様駕籠の先棒。
外右馬は駕籠の左側警固役だったようです。



