
元禄十四年(1701)辛巳 久通公 御年三十九歳
一、四日、(7月)先達テ仰セ蒙ラル豊後一国絵図出来、
御評定所ニ御差出
一、八月朔日、御献上例ノ如シ
一、九月三日、重陽御献上例ノ如シ
一、十一月二十三日、岡城外曲輪石垣御修補御願済セラル
一、十二月十四日、寒中御献上例ノ如シ
一、二十一日、歳暮御献上例ノ如シ
※先達テ仰セ蒙ラル豊後一国絵図
元禄十年(1697)丁丑 久通公 御年三十五歳
閏二月四日、豊後一国ノ絵図、以前ノ図粗キニ付、
改メ差出スヘキ旨、御当家卜稲葉能登守知通様へ一同御達
※この時の元禄絵図は残っていないようですので、
天保国絵図を掲載しました。
※縮率・描法等は元禄図と同様で、
1里を6寸とする縮尺(約21,600分の1)で、山、川、道路等が
描かれ、街道を挟む形で描かれている黒丸は一里塚の表示です。
郡別に色分けされた楕円形の枠内には村名と石高が、
白四角で示された城下町には地名と城主の名前が記されています。
(絵図、説明文ともに国立公文書館デジタルアーカイブ)



