
一、天保三年(1833年)壬辰十二月朔日、
御神号ヲ授ケ奉り、荘岳宮ヲ御城内ニ御造営
後、明治五年四月八日、
大分県第六大区四小区拝田原村
字常盤山ニ御遷座、
同六年四月十七日、村社ニ列セラレ、
同八年三月二十四日、中川神社ト御改称、
同十五年三月一日、郷社ニ進マセラル
御神号
荘岳明神 後、文久三年(1863年)三月三日大明神ニ進マセラレ、
慶応四年五月十五日、中川清秀神ト御改称
一、当御代老職
信長公ヨリ御附人 古田左助重勝
中川平右衛門長祐
熊田千助資勝
戸伏助之進
※中川神社には、中川清秀公(高さ72.3cm、天保3年作)
秀政公(高さ69.9cm、文久3年作)
秀成公(高さ66.5cm、文久3年作)
像の三体が祀られていました。
また、サンチャゴの鐘が納められていたことでも有名です。
※天保5年5月14日、荘嶽明神新御宮へ御鎮座
文久3年5月12日、荘嶽(ミタケ)大明神 荘嶽明神御神位
心嶽(ムネタケ)明神 松径院様
宗鑑(ミカガミ)明神 碧雲寺様
文久3年6月10日、11日両日、右御遷座ノ御式コレアリ
※御3人共に、岡入国以来、岡城内の御廟に祀られていた印象が
ありますが、天保以前は、どこに、祀られていたのでしょう。
※明日、3月1日、寛永15年、島原の乱後の御年譜に戻ります。



