202018
宗族間の 協定条約 を定める

明治九年(1876年)久成公 御年二十五年四月

一、十一月八日、第二十二類御宗族左ノ御候約ヲ結ハセラレ、

本日、御條約書ヲ華族会館へ差出サル

    宗族條約題言

 夫レ華族タル者ハ祖先ノ余烈ヲ以テ貴重ノ地位ニ列シ、

上ハ皇室ノ補翼トナリ、下ハ人民ノ標的タル重任ナリ、

一動一止豈慎サルヘケンヤ、即チ至渥ノ勅諭アル所ナリ、

是ニ於テカ同族相親ミ、同派相倚り、天倫ノ情好ヲ厚クシ、

互ニ家名ヲ墜サヽル様維持スヘキハ勿論、平素懇誼ヲ尽シ、

協同聯結以テ家慶ヲ保存シ、

永ク補翼標的タル重任ヲ失へカラス、

相与ニ議定スル條約左ニ序列ス

※そもそも、華族という者は先祖の功績により高貴な地位に

なったのである。

 上を向いては皇室の補翼となり、下に向いては人々の模範と

なる重要な責任がある。

 一挙手一投足を慎まないといけないであろう。

 すなわち、手厚い勅諭に示した通りのことである。

 ここにおいて、先祖を同じくする同族は互いに親しく、

 同系列同士はより集まり、人の道を守り、親密な交わりをして、

互いに家名を辱めることのなく、常日頃から仲良くして共同

連結で家の血統を保ち、永く皇室の補翼、人の模範となる

重責を忘れてはならない。

宗族同士で定めた条約を下記のように記述する。以下次回

202017
久成公 判事補 依願免官  退職金 20円

明治九年(1876年)久成公 御年二十五年四月

一、(10月)三十一日、司法省ヨリ召サセラレ、

御願ノ通御本官ヲ免セラレ、

      金円ヲ下賜ハラセラル、

御書附左ノ通

   三級判事補従五位中川久成

   依願免本官

     明治九年十月三十一日   司法省

    従五位中川久成

   満一ケ年以上勤続ニ付、金弐拾円下賜候事

     明治九年十月三十一日   司法省

※明治8年(1875年)太政官布告59号に基づき、

司法省裁判所に代わって、司法省から裁判を行う

部所が分離独立し大審院が東京に設置され、

司法行政を行う司法省と

司法権(裁判)を行使する大審院とが明確に区分された。

  昭和22年(1947年)大審院は廃止され、

  最高裁判所が設けられています。

※金弐拾円  金20円  現在の100万円ほど?

  明治30年で1円≒2万円ほどとあります。

  明治9年で1円≒5万円と判断しました。

202016
久成公 病気を理由に判事補 辞職願

明治九年(1876年)久成公 御年二十五年四月

一、十月三十日、東京裁判所長五等判事池田弥一殿へ、

        左ノ御辞表差 出サル

        辞表

   久成儀、曩ニ判事補ニ任セラレ、譾劣ヲ不顧、

   奉命爾来孜勉以テ消埃ニ可奉答素志ニ御座候処、

先日来疾邪累侵実ニ服務ニ不堪候間、

不得止謹テ奉辞職候、

微衷宜御無仁被成下候様、偏ニ奉請願候、

恐々謹白

     明治九年十月三十日 

 三級判事補従五位中川久成

一、日闕 仙石政固殿、藤原朝臣ニ御復姓ニ付、

二十二類御除名

※わたし久成、先に判事補に任ぜられ、

 能力に劣ることを顧みず、任命されて以来

 懸命に励んでほんの少しばかり、期待に応えるべく、

 働いてきました。

 ところが、先日より病気に侵されて、

服務に耐えられそうもないので、やむをえず、

謹んで辞職願を提出します。

この心情を御汲み取りの上、ひとえに辞職の願を

聞き遂げてください。

※仙石政固(但馬・出石藩)第46類、

藤原鎌足の子孫系列グループに移籍しています。

神別 藤原朝臣内大臣鎌足曾孫

左大臣魚名四代越前守高房裔

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